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人間は永遠に生きる          大空 澄人


4  .  死後の前後に起きていること
家族の誰かが亡くなって葬儀やお通夜を体験したことがない人はまずいないと思います。
そういう時、死んでいく人達の身の上には実際どういうことが起きているのか、自分の霊的な体験と最近のスピリチュアリズム(人間の本質は霊であることを知り、世の真理を追究する学問、哲学)の考え方を基に検証してみたいと思います。
数年前に義父と叔父が他界しました。
私は2人からは今までに何度も貴重なメッセージを貰っています。
そしてそれは今も続いています。
ここでは彼らの事例を中心に挙げてみたいと思います。
亡くなる前日または前々日からあるいはもっと前からこの世を去るにあたって親族のところに挨拶にきます。
夢の中に現れてくることも多いかもしれません。
毎日祈りや瞑想をしている人であればその場に現れるかもしれません。
自分の死期を察してお別れの挨拶に来るのです。
そこでは彼らは「これから旅立つけど今までありがとう、これまでにしてくれたことに心から感謝しているよ」というような内容のメッセージを送ってくるようです。
一度私は叔母さんが亡くなる前に足元にしがみ付かれてびっくりしたことがありました。
最近ではほとんどの人が自宅ではなく病院で亡くなります。
私は叔父の遺体を病院から自宅に搬送車で運ぶのに同乗していましたが、その時はまさに叔父が一緒に同乗者として乗っているという感じがしました。
その時車内では兄弟同士で葬儀の打ち合わせをしていました。
当然話の内容は叔父に伝わっています。
しかし肉体から抜け出たばかりの霊体は意識がまだぼんやりしているので詳細なことまでは分からなかったでしょう。
自宅に連れて帰ってからお通夜までは全く何の反応もありませんでした。
これは義父の場合も同様です。
肉体から抜け出たあとは暫くの間眠りにつくようです。
私の今までに見た範囲ではお通夜の事は覚えていないケースが多いのではないかと思います。しかし例外も数多くあることでしょう。
病気で長い間苦しんできた人は休養の為に自然に眠りにつきます。
事故死の場合もそのショックを和らげるための眠りの時間があるでしょう。
この眠りの時間の長短は本人がいかに霊的に覚醒しているかによって決まります。
霊的真理をよく理解し悟っている人の場合は死後直ちに目覚めが来るようですし、自分が肉体から離れていく様子さえも分かるようです。
病院という所は実はとても霊的な所なのです。
人が亡くなる前には肉体と霊体を結んでいるシルバーコードが切れます。
それがスムーズに切れるように霊界の医者やその人の親や霊的繋がりのある人達(全てこの世の人ではない)がその場で手助けをします。
丁度子供がこの世に生れ出てくるのと逆の現象が起きているわけです(出産の時臍の緒を切るのと同じ)。
また手術などの時は必ず親やその他の人が来て見守っています。
私の時も娘の時も霊界の父が傍に来てくれてじっと見守ってくれていました。
医者がご臨終ですと宣言する時には実際には霊界からの医者や親たちもその場に同席しているということになるのです。
この世の人は悲しみ、あちらの世界の人からはよく帰ってきたねと祝福を受けるという正反対のことが起きていることになります。
最近はお産も病院でする人が殆どです。
寺院や葬儀場など宗教的行事の場ではなく実際は病院においてこの世とあの世の行き来が行われていることになります。
ですから病院はそういう意味で霊的な場所ということになりますが病院関係者も家族もあまりそういう自覚はないようです。

人間は永遠に生きる          大空 澄人

3.  人の死に偶然はない
人の寿命は決まっているということを述べました。
病気であろうと老衰であろうと事故死であろうと大体人はその時が来ればこの世を去ります。
事故で死ぬのは偶然じゃないかと思うでしょう。
しかし本当はこの宇宙に偶然の出来事は存在しないのです。
偶然と見えることも実は必然なのです。
例えば事故に会う場合、自分の持っている因子がその事故が起きる現場へと引き寄せられることになるのです。
説明が難しいですが全宇宙は原因と結果の法則によって支配されています。
星の軌道や巡りくる四季、潮の干満など、少しの間違いもなく営まれています。
人の行動も自分で勝手にしているようで、実はこの法則の通りに動かされています。
それ以外の事は起きないのです。
この話は難しいかもしれないのでこの辺にして、次からは実際に死んだらどういうことが起きているのか、身近なところでお通夜から葬儀その後の事について考えてみることにします。

人間は永遠に生きる          大空 澄人

2.  人の寿命は決まっている
にわかに信じられないかもしれませんが人の寿命は決まっています。
誤差があっても数年位です。
とにかく死にたくないと考えたところでどうしょうもないのです。
これも初めて聞く人には理解し難いかもしれませんが、人はこの世に生まれ出てくる前に自分で寿命を決めてくるのです。
しかし母親の胎内に宿ったら最後その記憶は消し去られてしまうのでそれが思い出せないのです。
人はこの世で学ぶべきいくつかのテーマを決めてその人生にふさわしい両親のもとに生まれてきます。
そして目的を達成するためには何年くらい必要かということを指導霊のもとで決めてきます。
人は意味もなく生まれてくることはなく必ず何かの目的を持って生まれてきます。
目的は一人ひとり違います。
しかし、もし自分の寿命がわかってしまったら仕事や家事に打ち込めるでしょうか?それが分からない事に意味があるのです。
弘法大師は自分の死期を自覚して入定したと言われています。
しかし誰でも病気になって治る見込みがないことかわかれば、 ほほこの世を去る時期というのは悟ってきます。
故に自分がこの世を去る時が来たら喜んで旅立っていけばいいのです。
この世は苦しい修業の場、そこから卒業して新しい環境に旅立つ事が死なのです。
本当は死ではなく新しい世界への誕生なのです。

人間は永遠に生きる          大空 澄人

1.人間は死なない
これまでに死と呼ばれて恐れられ忌み嫌われてきたものは単なる肉体の死であり、人としての本体である霊は肉体の寿命が尽きればそこから離れてはるかに雄大なところで伸び伸びと暮らすようになるのです。
死んだと思われている私たちの親や祖先は墓場や仏壇や寺のなかにいるのではありません。
「千の風になって」の歌の様に束縛のない広大な世界で自由に楽しく暮らしているのです。
彼らは事あるごとに私たちの傍にやってきては励ましたり慰めたりしてくれています。
殆どの人にはそれがわかりませんがそれは無理もない事です。
とにかく人は死なない、死のうにも死ねないという事実を知る事によって自分の人生の見方は根底から変わるのです。
人はいかに生きるべきか、自ずから答えが導き出されてくるのです。

人間は永遠に生きる          大空 澄人

まえがき
人間は死にません。
死のうにも死ねないのです。
この事実を一人でも多くの人に知ってもらいたくて私はこの冊子を書くことにしました。
私たちは死を乗り越えて永遠に生き続けるのです。
死は終わりではなく新たな世界への誕生であること、この世は一時的な修業の場であること、この二点を正しく理解することがこの悩み多い人生の様々な疑問を解く鍵になると信じます。
これまで様々な宗教で死後の世界のことが表現されてきましたがあくまでも空想の延長であり、説得力に欠けるものでした。
人間は真実を知ることによってしか救われません。
科学が発達して様々な謎が解明されてきていますが人間自身の心や精神の事は一向にわかっていないのが実情です。
脳が精神活動を司っているなら肉体と共に脳が死ねば全て終わりです。
唯物論的に見ればそういうことになってしまいます。
しかし死後は無の世界であるなら何故人々は葬儀や法要をするのでしょうか。
それは死後の存続を確信出来ないまでも漠然と感じ取っているからに他なりません。
これまでは見えない世界の事は宗教の領域でしたが宗教はそれを説明する事が出来ませんでした。
信仰においても知識の裏付けのないものは脆くも崩れてしまいます。
これからの人間は正しい霊的知識を基盤とし、それを人生の羅針盤として生きるべきと思います。
そして今やその知識を得たい人には扉が開かれているのです。
ベールに覆われていた生命の実相をその気になれば知ることが出来るのです。
                                             
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プロフィール

Author:かの
健康だけが取り柄の私
2013年夏に乳がんがみつかり
術前抗ガン剤⇨手術⇨放射線治療⇨現在ホルモン療法中
スピリチュアリズムに出会い
生き方考え方が180度かわり
霊的真理を広めるため奮闘中

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